2010年1月6日水曜日
1月6日~再び日帰り宇都宮~
宇都宮はいい街だとは思うが、いきなり仕事始めに湘南ライナーにのって宇都宮へいって車で日帰り出張はけっこうめげる…。とはいえ読書も多少できたし、まあまあ充実はしていたのだけれども。日常的なお仕事の始まりはいよいよ明日から再出発!!!
2010年1月5日火曜日
2009年12月31日木曜日
2009年
2009年もあと少しで終わり…。社会的にも経済的にも激変の一年だったが、個人生活のうえでもかなりの大変化を遂げた一年だった。最初の4ヶ月はいつものようにすぎていったが、残りの8ヶ月はまるで走馬灯のようにすぎ、「あれから一年が経過した」という実感がない。2008年から2009年にかわる瞬間にはたしか会社の机で仕事をしていて携帯電話であいさつをしていたような記憶があるが、まさかその後…(以下150文字省略)。とはいえ今月も鴻巣や宇都宮などへの日帰り出張で今日もドトールで仕事をしていたわけで、本質的には変化はなかったのかもしれないが…。ちょっと哀しいニュースが続きすぎた一年だったが、ひとつの区切りとして2010年を新たな気持ちで迎えたい…。
2009年12月16日水曜日
12月16日~忙しさの中で~
「風にふかれて」という歌はなんとなく「労働者階級」の歌なんだな、と思う。そして毎朝スーツを着て乗る電車は「学生」か「労働者」の塊なのだが、おそらく20代のころだったら嫌悪していただろうその風景、最近は新鮮な感覚で再認識している。だってほとんどがスーツか制服で、しかもそれぞれ就業時間と授業時間に拘束されつつも、そのハザマで「自由」を楽しむっていうライフスタイル、悪くない。「労働」がいいことだと思えるようになったのはつい最近。でもそれは昔の「労働を楽しむ」という感覚から「労働を発展しよう」という自己流の考え方になってきたような気がする。「拘束時間」を自分なりに調理して、さらに加工して自分の時間を作っていくという作業。けっこう高度な知的作業ではないかと思う。ふと忙しさの中で…。
2009年12月9日水曜日
12月9日~3つの流れ~
3つの流れ(社会階層・性別など)にもとづいて歴史をひもとくという手法の本を通勤時に読んでいる。唯物史観ほど単純ではないものの、いわゆるビッグ・ピクチャーで未来図を描こうという試みだ。社会階層としては武士の時代、商人の時代そして労働者の時代と移動していくと仮定すると、日本は商人の時代をへてまさしくホワイトカラー全盛の労働者の時代に突入している。またアメリカは武士の時代をきわめて短くおえて商人の時代から労働者の時代へ突入した…という読み解き方だ。性別を軸にしてみた場合には原始時代などの女性の時代から男性の時代、そして両性具有の時代へと移り変わり行くという見方をする。これも境界線があやふやになってきた今、男性的なものと女性的なものとが入り混じる時代に突入しつつあり、異論はない。いずれは両性具有の時代となり、そして、精神的・文化的時代に突入するという見方は、デジタルな時代だからこそさらにその勢いを増すものともいえるだろう。「ハイ・コンセプト」で大前研一氏がといた総合的で文化的な発想のできる人材が必要な時代というのと非常に似通っている。そしてこうしたビッグピクチャーのもとにヨーロッパ、東南アジア、北極圏などを軸にしたブロックができあがっていくという仮説。非常に面白い。必ずしもこれが予定調和的で平和的ということではない。むしろこういうブロック化したあいまいな文化の時代こそ大虐殺や得体の知れないテロ事件が多発したりする可能性がある。精神的・文化的時代ってある意味、旧石器時代以上にリスキーで生存競争が激しい時代なのかもしれない。
12月8日~専門家を頼る~
この世は専門家による分業が発達しているので、妙に独学でやるよりも専門家に頼ってしまったほうが時間もコストも手早くすむといった面がある。ちょっと体調が悪ければ医者、法律問題だったら弁護士、税務関係の悩みだったら税理士と確かに手数料は支払わなければならないがそれをうわまわるメリットがあればそれでいいのではないかと思う。本を読むよりも簡単に済むケースだってあるし。
とはいえ自分自身がまったくの無知だとアドバイスも有効に活用できないケースがあるので、ある程度の素養は必要になってくるとは思うが…。アドバイザーとはいうものの「名」「虚名」「宣伝」ばかりで「実」がないケースも頻繁にでてくるのがこの世の常。手数料を支払う専門家に対しては選別を繰り返して「かかりつけ医」のような存在を作っておくと非常に便利だということを実感。弁護士の「かかりつけ」はなかなか難しいかもしれないが「内科医」ぐらいだと1ヶ月に1回とか2ヶ月に1回軽い気持ちで足を運ぶ感覚で、10年先、20年先の生活もかなり違ってくるような気がする。
とはいえ自分自身がまったくの無知だとアドバイスも有効に活用できないケースがあるので、ある程度の素養は必要になってくるとは思うが…。アドバイザーとはいうものの「名」「虚名」「宣伝」ばかりで「実」がないケースも頻繁にでてくるのがこの世の常。手数料を支払う専門家に対しては選別を繰り返して「かかりつけ医」のような存在を作っておくと非常に便利だということを実感。弁護士の「かかりつけ」はなかなか難しいかもしれないが「内科医」ぐらいだと1ヶ月に1回とか2ヶ月に1回軽い気持ちで足を運ぶ感覚で、10年先、20年先の生活もかなり違ってくるような気がする。
2009年12月6日日曜日
12月6日~無茶振りしない~
たとえていうと自分はホームランバッターには程遠い「つなぐバッティング」のバッター。守備を手堅くして、打席ごとに次につなぐプレーで小刻みに加点していく方式。けっして無茶目のストレート高めで大降りするようなバッターではなく、変化球をちょこんとあわせてヒット性の打球を走者に走りやすいようにうつ。したがって、無茶振りはできないし、体調が悪ければそれなりの一日で満足するしかない。
休日の過ごし方でもホームラバッターだとあれこれ派手なイベントもこなせるのだろうが、普通のバッターであるならばまず休養が優先。その次に休養できたら別のことにもチャレンジしてみようかな、という程度。でもここまで達観するのには、それなりに時間がやはり必要だったぞ===
休日の過ごし方でもホームラバッターだとあれこれ派手なイベントもこなせるのだろうが、普通のバッターであるならばまず休養が優先。その次に休養できたら別のことにもチャレンジしてみようかな、という程度。でもここまで達観するのには、それなりに時間がやはり必要だったぞ===
2009年11月22日日曜日
11月23日~arrogance~
「傲岸さ」の行く末というのを最近しみじみ思う。自分自身に「自信」がある人にとても多いが、傲岸は実は人間だれしも陥りやすい罠でもある。聖書でも「傲岸」は7つの罪悪の1つに数え上げられているが、つまりいつの時代のどこの地域であっても人間は自分自身の判断や能力を過信するあまりに、間違った道へ陥っていく。たとえ理性がそうでないと叫んでいても。
また、傲岸さゆえに自分自身が周囲の環境のなかで正当な評価ないし待遇などを受けていないなどと思い込む傾向も、だれしも陥りやすい罠。だからこそ、自分自身の評価は結局、自己評価でしかなく他者による評価でなければ実は意味がなくなるわけだが…。
自分の優秀さはけっきょく第三者によって与えられた水準を超えることはない。それを過信すると第三者が最終的に「ああ…」と絶句するしかない状況となり、自己評価に頼って生きていくしか道がなくなる。これを防ぐ方法は、ひとえに謙虚になるしかないのだが、常に頭の中で「自分は万能感におちいっていないか?」「本当に自分の判断は正しいといえるのか?」「間違っているとすればどこか?」「数字で計測できる方法はないか?」と戒めておく必要がある。より低レベルの水準で自己を把握していない場合…それは最終的に「本能」のにみ頼って生きることになり、そして「傲岸」というエゴの「罠」にはまっていく…
また、傲岸さゆえに自分自身が周囲の環境のなかで正当な評価ないし待遇などを受けていないなどと思い込む傾向も、だれしも陥りやすい罠。だからこそ、自分自身の評価は結局、自己評価でしかなく他者による評価でなければ実は意味がなくなるわけだが…。
自分の優秀さはけっきょく第三者によって与えられた水準を超えることはない。それを過信すると第三者が最終的に「ああ…」と絶句するしかない状況となり、自己評価に頼って生きていくしか道がなくなる。これを防ぐ方法は、ひとえに謙虚になるしかないのだが、常に頭の中で「自分は万能感におちいっていないか?」「本当に自分の判断は正しいといえるのか?」「間違っているとすればどこか?」「数字で計測できる方法はないか?」と戒めておく必要がある。より低レベルの水準で自己を把握していない場合…それは最終的に「本能」のにみ頼って生きることになり、そして「傲岸」というエゴの「罠」にはまっていく…
11月21日~訃報に~
やはり同じ世代の知人が先に逝ってしまうと虚脱感を覚える。まあ10代、20代だと事故などでごく稀にそういうこともあったが、最近はやはりポツポツ先に逝ってしまう人が増えてきたような感じが…。その分、自分はがんばらないと、と思うのだけれど…。取り残されたような、あるいはこれから先のことをさらに考えていかなければといろいろ考える。自分のことでほかの周囲の方々に迷惑をかけたくはない。それは祖母の最後のときに、きれいさっぱり財産上も介護の面でも負担そのほかをほとんどかけずにPPKという生き様をみせてもらったことによるかもしれない。
2009年11月20日金曜日
11月20日~ローレンツメトリック~
朝8時半からだいたい12時間労働があけてもまだ「足りない」…とおもうのが不可思議。時間はそこですごす空間によって「経過する感覚」が異なるのかもしれない。たとえ労働の内容が均一だったとしても。
時間と空間をひとつのまとまりと考えると、「長時間労働」=「過重労働」という等式にはどうもなりそうもない。短時間であっても一日が暗くなるような過重労働もあるし、そうでない場合もある。これ、不思議。
時間と空間をひとつのまとまりと考えると、「長時間労働」=「過重労働」という等式にはどうもなりそうもない。短時間であっても一日が暗くなるような過重労働もあるし、そうでない場合もある。これ、不思議。
2009年11月19日木曜日
11月19日~コンサバ~
電車の中で「刑法入門」を読む。これまで民法や会社法中心の法律学習だったのだが、刑事事件の手続きや意義などを検討していくと、民事紛争とは異なる側面が見えてこれがまた面白い。倫理とは実はあまり関係がなく「利益をそこなう」という観点から刑事事件を扱う考え方が強くなってきているというが、多様な価値観があるなかで、ひとつの倫理観で人間の行為を「犯罪かそうでないか」を判断するのはリスキーだからであろう。
と、いいつつ自分自身はきわめてコンサバに生きているのを自覚しており、まじめに会社にいき、まじめに働き、まじめに若い人を励ますという役割へ。励まされてきたから今度は励ます順序だろう…ということもあるが、自分自身でやってきたなかで「よかったこと」は後に伝えていきたいというのもある。とはいえまだまだ自分自身が「進化」していくのをあきらめたわけではない。自分も発展しつつ、ほかの人にもシェアできる部分はシェアしていこうという考え方になってきたわけだが、これってある意味ではやはりコンサバっていうことになるのだろう…。
と、いいつつ自分自身はきわめてコンサバに生きているのを自覚しており、まじめに会社にいき、まじめに働き、まじめに若い人を励ますという役割へ。励まされてきたから今度は励ます順序だろう…ということもあるが、自分自身でやってきたなかで「よかったこと」は後に伝えていきたいというのもある。とはいえまだまだ自分自身が「進化」していくのをあきらめたわけではない。自分も発展しつつ、ほかの人にもシェアできる部分はシェアしていこうという考え方になってきたわけだが、これってある意味ではやはりコンサバっていうことになるのだろう…。
2009年11月18日水曜日
11月17日~スーツ・モード~
社内にはそれぞれ「やり方」や「社風」があるのでそれはそれで、うまく適合していかなくてはならないのだが、なかなかそれをうまく「乗り越える」のは難しい…。自分自身のバランスをうまくとっていくのは問題ないのだが、それを外部環境をうまく適合させていくのは一工夫いることはいる。まあ、別にそれはそれでいいのだけれど…。ただ私服からスーツに変わると一つはっきりするのは、スーツは着ているとそれなりに「仕事している」という心理モードにしてくれるということ。
2009年11月17日火曜日
11月16日~飲み会~
気がついたらもう前回の更新から2ヶ月以上が経過している…。その間はずっと忙しかったのだが、なぜゆえか仕事(自分自身の仕事)というのは思うほど成果が上がっていない。なんかこう、もっとうまく自分の仕事の完成度を高めたいのだが、それが難しい。
今日は飲み会で二次会まで付き合わざるを得なかったが、なるほど、「飲み会」につきあわないでもいい会社というのは外資系かあるいはもっとさばけた会社だったわけだ。一定の規模以上の会社で中間管理職だといろいろ気も使わなければならないわけで(というよりも気を使うのが仕事でもあるわけで)、今の状況でできる努力を少しづつしていかなければならない。思えば昔の自分は「飲み会」というものや「合コン」というものをすっかり頭からバカにしていたわけだが、家族を背負ったお父さんの中には「飲み会なんていやだよー」と思いながらも飲み会に参加している人もきっとたくさんいるのだろう。
タイのシャブシャブを食べて、スープで稲庭うどんを食べれたのが幸せ。これは確かに私生活ではちょっと考えられない晩御飯かも…。
今日は飲み会で二次会まで付き合わざるを得なかったが、なるほど、「飲み会」につきあわないでもいい会社というのは外資系かあるいはもっとさばけた会社だったわけだ。一定の規模以上の会社で中間管理職だといろいろ気も使わなければならないわけで(というよりも気を使うのが仕事でもあるわけで)、今の状況でできる努力を少しづつしていかなければならない。思えば昔の自分は「飲み会」というものや「合コン」というものをすっかり頭からバカにしていたわけだが、家族を背負ったお父さんの中には「飲み会なんていやだよー」と思いながらも飲み会に参加している人もきっとたくさんいるのだろう。
タイのシャブシャブを食べて、スープで稲庭うどんを食べれたのが幸せ。これは確かに私生活ではちょっと考えられない晩御飯かも…。
2009年9月3日木曜日
9月3日~寿司よりも睡眠~
今日は茗荷谷のお寿司屋さんの「会合」によばれていたが、「ブッチ」して会社をでてそのまま帰宅…。だってもう眠くて疲れているので寿司よりも睡眠と風呂のほうが重要。とはいえ日課にしている勉強は帰宅途中の喫茶店にてリース資産のところを学習してきたことはきたのだが…。明日も「親睦会」という名の「飲み会」があるため、結局、飲み会の回数だけはやたらに積みあがり目の前に「to do」も積みあがる…。朝の疲れは午後には「忙しさ」で無理やり回復。あとは気合で明日を乗り切るか…
2009年9月2日水曜日
9月1日~かなり繁忙期~
いろいろな「仕事」が蓄積してきて「秒」キザミになってきたが、それでも簿記会計の本は一回全部復習しておこうという計画でいるので帰宅途中喫茶店によって有形固定資産について学習。簿記の問題では必要不可欠ではあるのだが、新減価償却法など覚えれば楽な会計処理がけっこう面倒ではある…。これからさらに忙しくなりそう…。
2009年8月31日月曜日
8月31日~通知預金~
簿記の本では通貨代用証券としてよくでてくる通知預金。一定の多額の資金が短期間にのみ「遊んだ状態」になったときに普通預金よりも高い金利で運用できる預金のことで預入後最低7日間は預け入れて2日前には出金の通知をする。個人でも利用可能だがわずか数パーセントの日割り計算の利息でも高い金利を稼ぐ必要性があることから、利用者はやはり企業が多い。個人企業でも通知預金の利用の可能性はありうるが、実際には法人企業の一定規模以上の利用がほとんどであると思われる。でも簿記の問題ではたまに出題される通知預金。実務的にどれだけ活用されているのかははなはだ疑問…
2009年8月30日日曜日
8月30日~選挙に行ってから~
「変化」(change)の時代といいつつも、これほどまでに短期間でがらっと与党と野党が逆転する日がくるとは昔は想像もしていなかった。中選挙区制度ではおそらくありえない大逆転だが、今後も小選挙区と比例区の並存が続く限り、今回とはまた逆の現象も容易に起こりうる。政策の実現可能性や転換をもとめる場合にはある意味かなり合理的な選挙制度だが少数政党にはやはり厳しいのが欠点といえば欠点か。
選挙に行ってから、喫茶店で有価証券の続きを勉強。投資有価証券評価損って考えてみれば、市場価格がない投資有価証券、しかもその他有価証券のケースでしか計上されない。ということはその他有価証券が試験範囲に入っていなければ投資有価証券評価損については学習しなくてもいいことに…。この場合には全部純資産直入法であろうと部分純資産直入法であろうと一種の減損処理に相当するので、費用計上しなければならないことになる。ただ、これも保守主義の適用例のように見えて実はそうではないような気もする。将来キャッシュフローの見積もりがあまりにも減少したので費用計上する…といった考え方になると思うがこれは保守主義ではなくてむしろ資産負債アプローチの正統的な考え方の適用例とするべきだろうか。
選挙に行ってから、喫茶店で有価証券の続きを勉強。投資有価証券評価損って考えてみれば、市場価格がない投資有価証券、しかもその他有価証券のケースでしか計上されない。ということはその他有価証券が試験範囲に入っていなければ投資有価証券評価損については学習しなくてもいいことに…。この場合には全部純資産直入法であろうと部分純資産直入法であろうと一種の減損処理に相当するので、費用計上しなければならないことになる。ただ、これも保守主義の適用例のように見えて実はそうではないような気もする。将来キャッシュフローの見積もりがあまりにも減少したので費用計上する…といった考え方になると思うがこれは保守主義ではなくてむしろ資産負債アプローチの正統的な考え方の適用例とするべきだろうか。
8月29日~有価証券の評価~
一応わかったつもりになっていた有価証券の分類。子会社株式や関連会社株式は事業資産に近い性質なので、取得原価で評価し、売買目的有価証券は金融資産に近い性格なので時価で評価。そして満期保有目的債権は償却原価で評価するのが原則(金融商品会計基準を素直に読むと取得原価が原則のように見えるが実は償却原価が原則)ということになる…。ただこの満期保有目的債権のところをもう一度入門書から読んでいてかえってわからないところが増えてしまった。償却原価法の定額法については問題はない。一応簡便法だし、すべての企業に利息法で計算しろというのはむしろ事務効率の観点からも無理がある。利息法の場合には、名目金額×名目利子率-帳簿価格×実効利子率が満期保有目的債権の増加もしくは減価の金額となる…。のだが、この実効利子率を「市場の利子率」と説明している本があり、それは「ちょっと違う」…さらに「時価」の説明も非常に狭義に説明してあるのだが、むしろ「時価」の概念は拡大傾向にあるのではないか…と思ったのが今日の疑問。
必ずしも上場してなくても「時価」のデータは入手できるというのがむしろ通説ではないか、ということと実効利子率を「市場」の側から説明するのはむしろ間違いではなかろうか…という疑問。では正解は何か、というと金融商品会計基準の文言をそのまま引用することになってしまうが、かといってこの基準を字義どおり「理解」してそれが何になるのか、というのもだんだんそれすら疑問に…。
これまであたりまえと思っていたこと、仕訳処理がもしかすると違う視点から考えたほうが正しいのかもしれないという疑問。ちょっとしばらくこの問題考えてみたいと思う。
必ずしも上場してなくても「時価」のデータは入手できるというのがむしろ通説ではないか、ということと実効利子率を「市場」の側から説明するのはむしろ間違いではなかろうか…という疑問。では正解は何か、というと金融商品会計基準の文言をそのまま引用することになってしまうが、かといってこの基準を字義どおり「理解」してそれが何になるのか、というのもだんだんそれすら疑問に…。
これまであたりまえと思っていたこと、仕訳処理がもしかすると違う視点から考えたほうが正しいのかもしれないという疑問。ちょっとしばらくこの問題考えてみたいと思う。
2009年8月26日水曜日
8月25日~上流概念へ~
「技術的失敗」についての本を読んでいる。よくハリウッドのパニック映画などでは、下水道の中に爆弾が投げ込まれてマンホールの蓋が飛び出すシーンを目にするが、通常の感覚ではマンホールは下に落ちないように安全設計するもの。ただし、下水道が逆流したり、下水道内の気圧が高まれば、蓋が上に飛び出すことも想定される。一つの現象からそうしたリスクを予想し、マンホールの蓋を上からの圧力にも下からの圧力にも耐えられるように設計するという「安全の思想」。こうした安全の思想は技術的失敗の中でも応用がきくが、もちろん事務処理やそのほかの成果物を製造する場合にも応用ができる。
たとえば書籍の誤字・誤植も失敗の一つだから、単に誤字・誤植、もしくは法令改正への未対応といった細かな「失敗」に限定するのではなくて、「成果物の瑕疵を防ぐ」という上流概念にいったんあがって、そこから現場を俯瞰してみると、新たな防止策ができあがる可能性も高い。畑村洋太郎先生の失敗学の本にも「上流概念へ」というくだりがあったのだが、この感覚、最近になってようやく肌身にしみてわかってくる。「他人事」ではなく、その「他人事」と「自分事」をつなぐ上流概念さえ発見すれば、けっして他人のミスは無関係ではすまされない。自分にも要因さえ共通するものがあれば、同じようなミスや形を変えたミスが将来訪れるリスクはあるのだから、新聞記事や周囲の出来事と自分をつなぐ上流概念の発想は大事だと思う。
たとえば書籍の誤字・誤植も失敗の一つだから、単に誤字・誤植、もしくは法令改正への未対応といった細かな「失敗」に限定するのではなくて、「成果物の瑕疵を防ぐ」という上流概念にいったんあがって、そこから現場を俯瞰してみると、新たな防止策ができあがる可能性も高い。畑村洋太郎先生の失敗学の本にも「上流概念へ」というくだりがあったのだが、この感覚、最近になってようやく肌身にしみてわかってくる。「他人事」ではなく、その「他人事」と「自分事」をつなぐ上流概念さえ発見すれば、けっして他人のミスは無関係ではすまされない。自分にも要因さえ共通するものがあれば、同じようなミスや形を変えたミスが将来訪れるリスクはあるのだから、新聞記事や周囲の出来事と自分をつなぐ上流概念の発想は大事だと思う。
2009年8月23日日曜日
8月23日~再目標の設定へ~
とにかく5月からバタバタと周囲の状況に対応していくのに精一杯だった日々がようやくいくつかのジャンルに焦点を合わせることができるようになった。正直、「生きること」(生理的欲求)をまず整えて、さらに安全欲求、社会的欲求などをふまえていかないと、自己実現欲求の段階にまではなかなか達しない。よほど自己管理に徹底できる人間であればまた話は別だが…。
とにかくまずはかなり経済・会計・法律の改定が進んでいる。債権法を中心とした民法の大改正も予定されているほか会計基準の変革もさらに進むので、そのあたりは時代に後れないように知識をアップデートしておかなくてはならない。また、簿記会計のジャンルでは計算処理能力はどうしても必要になるので、電卓を片手に会計法規を読むことも重要になるだろう。個人的な事情からこれまで①法律②会計③流通④情報処理⑤福祉と設定していたジャンルのうち、④と⑤については勉強を続ける意義が当面必要なくなったので、①法律②会計③流通を中心に学習をまたあらためて始めていこうと思う。
とにかくまずはかなり経済・会計・法律の改定が進んでいる。債権法を中心とした民法の大改正も予定されているほか会計基準の変革もさらに進むので、そのあたりは時代に後れないように知識をアップデートしておかなくてはならない。また、簿記会計のジャンルでは計算処理能力はどうしても必要になるので、電卓を片手に会計法規を読むことも重要になるだろう。個人的な事情からこれまで①法律②会計③流通④情報処理⑤福祉と設定していたジャンルのうち、④と⑤については勉強を続ける意義が当面必要なくなったので、①法律②会計③流通を中心に学習をまたあらためて始めていこうと思う。
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